富士山各登山道の魅力

1)4大登山口 (山頂への登山道)

富士宮口

五合目:標高2390m。歩き出し標高が一番高い。駿河湾。伊豆半島。御前崎。相模湾等の展望良好。スケールある宝永火口の見学が容易にできる。

 

御殿場口

五合目:標高1440m。標高差最大で長大なルート。下山路は「大砂走り」として駆け下るルートで有名。登山道途中からご来光を見ることができる。

 

須走口

五合目:標高2000m。樹林帯の中から歩き出す唯一の登山道。砂地の「砂走り」下山道の利用者も多い。八合目で吉田口に合流する。

 

吉田口

五合目:標高2305m。最大の登山者が登るコース。山小屋も17軒と最多。シーズン中は渋滞する。登山道途中で日の出を迎えると、太陽光が山中湖に照りかえし湖面が光輝く。一般的には、富士山スバルラインの終点河口湖五合目まで車で来て歩き出す。六合目で吉田口に合流する。

   

2)その他のすそ野の登山口

村山(口)道

江戸時代には、富士宮浅間神社から村山に来て、ここの3つの坊に泊り、富士山に向け出発した歴史のある登山道である。今日では、田子の浦海辺からこの村山浅間神社を通過して山頂に行くコースを「村山道」という場合もあるし、村山浅間神社から富士宮口六合目までを「村山(古)道」という場合もある。

村山浅間神社〜札打ち場〜天照教富士山本部〜中宮八幡堂〜横渡〜一ノ木戸跡〜宝永遊歩道(旧二合目岩室)

 

須山口

須山浅間神社からの水ヶ塚経由で水ヶ塚コースへ。江戸時代の御殿場口登山道に由来する。しかし、宝永噴火で登山道がなくなり、明治時代になり、御殿場線の開通で登山道としては、衰退した。しかし、須山への水の供給水道路として維持されて来た。水道管の歴史を見るような登山道となっている。須山を含む裾野や御殿場地方は、水の獲得に苦労して来た。有名なのは、箱根芦ノ湖の水を江戸時代の1666年にトンネル掘り始めて水を得る「深良用水」でる。水を得る努力の痕跡が、登山道にある石管・土管・鉄管・ゴム管である。それを足元に見ながらのトレックができる。途中の水源にはすべて採水する施設が設置されている。富士山の中腹、水ヶ塚は、その最高位の水源地になっており、その水源はトンネルをコンクリートでおおい、送水用に機械を設置した建築物がその近くに残っている。先人の水を得るための努力の痕跡の道でもある。

 

吉田口 五合目まで

富士吉田浅間神社から、中ノ茶屋、馬返し、一合目(鈴原天照大神社)、二合目一ノ鳥居門・富士御室浅間神社(河口湖御室浅間神社の元)、三軒茶屋(三合目)、四合目の大黒小屋跡、四合五勺には、御座石浅間の社と井上小屋跡が横に並んで今も立っている。五合目直下には「中宮」の説明柱がある廃屋を通過して、滝沢林道に出る。少し舗装された林道を歩くと、富士守稲荷の建物を経て、五合目の佐藤小屋に至る。一番「富士講」の歴史の遺跡が残り、古を感じられる登山道である。この道のみ散策する人も多い。

 

船津口

河口湖の船津から、現在のスバルラインの西側の並行してあった古い登山道。スバルラインの二合目付近でその東側に進む。この道は、旧三合目に至り、精進口と合流して河口湖五合目へ。旧三合目からは、かつてスバルラインに交差することなく、御庭山荘まで続いていた林道もあった。今この道は林道としては、廃道化した。

 

精進口

この登山道は、明治期イギリス人によって避暑地として精進湖のホテル建設に由来する。明治28年に経営が開始された。この地の避暑地開発は、軽井沢と同じ頃の話である。そのため、富士山展望台として「パノラマ台」がつくられ、富士登山道としてつくられたのが「精進口」である。

精進湖の赤池〜天神峠(一合目)〜富士林道(二合目)〜スバルライン三合目〜旧三合目(旧船津口と合流)

〜スバルライン五合目

 富士山の登山道としては、登山者の少ない一番静寂な登山道である。精進湖から天神峠までは、青木ヶ原樹海を横断し、富士林道、三合目、スバルライン五合目まで登山道の周辺に多くの自然観察できるところが多い。見所は青木ヶ原樹海で、溶岩の流れた火山石の上にかろうじて生える。ツガ、ヒノキなどの自然林、登山道沿いにある富士風穴や大室山のブナ自然林を観賞できる。天神峠近くで横断する鳴沢林道近くの長尾山の噴火が、青木ヶ原樹海となった溶岩流れ出し地点である。樹海を抜け出し混合林、富士林道を横切った先で、ブナの原生林となる。旧三合目を経て登り進むと標高によって混合林、針葉林、森林限界と「植物の垂直分布」を観察出来る富士山の魅力ある登山道の一つである。